■石屋主人日乗

ここは石屋の主人がプラモに関係あるコトやないコトを好き勝手に書き散らすページです。
以前の「ニュース」を改題。ニュースというと城プラモ界のイベントを残らず網羅するような印象になってしまいますが、そんなマメな事をやる気はサラサラないので。

●ああ屋代線 2012.1.27

ローカル私鉄において「乗り換え感」というのは重要な魅力の要素だと思うのですよ。五能線の車窓からみる津軽鉄道などもうたまりません。
長野電鉄屋代線の屋代駅も、しなの鉄道から眺めたときの乗り換え感が素晴らしい駅でしたが、まことに残念ながら屋代線はあとわずかで廃線となってしまいます(2012年4月1日廃止予定)。 惜しい、できれば残して欲しかった。

photo_屋代駅待合室
どうです、この雰囲気。こんな待合室で過ごす夏の夕暮れは良いものです。案内板には既に廃止された木島の名がまだ残っていました。2009年9月撮影。

photo_屋代駅マッコウクジラ
愛称マッコウクジラは営団日比谷線からの譲渡車輛。ステンレスの輝きは健在ですが、近年は元東急8500に押され気味。

関東甲信越在住のお城ファンの方は、松本城見学のついでに篠ノ井線を廻って訪ねてみては如何でしょうか。また、屋代線松代駅からは松代城址が至近です。

●いわゆる陰陽連絡の旅  2012.1.20

18きっぷの消化で、またしても貧乏旅行を実施。まずは大分から鈍行で福山まで行って一泊。本気出せば一日で名古屋まで行けるんですが、そういうのはもう若い人にまかせた。
翌日は福塩線と三江線で中国地方を縦断して日本海側へ至り、山陰線を延々と下って下関へ、小倉から大分まではさすがに鈍行では帰れないので特急を使いました。
なお木次線は雪のため秒速5センチメートルごっこ開催中。山越えに三江線を選んだのは正解でした。

photo_陰陽間
陰陽間の車窓で目立つものといえば、中国地方特有の赤い石州瓦や、山間部に石垣を積んで拓かれた耕地や住居など。 それにしても、ひとつの谷を段々畑に造り変えるにはどれほどの時間と労力を必要としたでしょうか。 川のほとりで城のような高石垣を組んで宅地を造っているのを見ると、狭隘な山間部でいかに平地が渇望されたかを痛感します。
そんな光景を眺ていると、日本の石垣について妄想がふつふつと沸いてきます。以下、その一部を垂れ流し。

古墳、神籠石、元寇防壁、城。石垣の歴史はそのように綴られることが多い。これは遺跡を時系列で並べてはいるが、系統樹という訳ではないように思える。
少なくとも神籠石と野面積みは、明らかに別のものだ。自然石を用い裏込めを厚く詰め込んだ、高く積んでも容易くは崩れない野面積みは、いつ、どこで、どのように発生したのか。
そもそも建築とは身近な材料を使うもので、石はそこらじゅうに転がっているものだから、国家権門主導の営繕とは別に、社会のいろいろな階層が様々な目的で石を積んだことは自明である。
古代、渡来系テクノクラートが精緻な朝鮮式山城を築くかたわらで、農民は簡素な土留めの石を積んだであろう。連綿と続く石積みの民俗史というものが存在した筈なのだ。

常々疑問に思っていたのだが、穴太衆は叡山との関係で語られるが、職能集団を維持するほどの需要が叡山のみで発生し得ただろうか。
仮に穴太衆が、神仏に直属し、奉仕と引き換えに諸国通商の自由を与えられる遍歴職人であったならば、叡山との関係は奉仕であり、その活動を支える真の需要は広く民間に求められたのではないか。

・・・などなど。これらはロクな検証を経ていない、仮説以前の単なる思いつきに過ぎませんが、山間部の石積みは、そのような連想をさそうだけの貫禄をもっています。

●暮しの手帖  2012.1.14

昔の相原模型のカタログに、暮しの手帖79号に名将兜シリーズが紹介されたという記述がありまして、どんなふうに書いてあったのか興味があり、ネットで探してみたら古書店に在庫があったので注文しました。

photo_暮しの手帖79号表紙
1965年の発行で、「脱水機つきセンタクキをテストする」「太陽熱利用温水器」などの記事が並んでおり時代を感じさせます。
へー、ホントに載ってる。「掘り出しもの−というほどでもないけれど」というコーナーで、他にも「目ざましつき腕時計」「おてがるなこぶまき」が取り上げられています。

photo_暮しの手帖79号本文写真
婦人向けの生活雑誌なので、まさか模型誌のキットレビューみたく考証だの集古十種だの言い出さないよな、と思いつつ本文を読んでみると、やはりスケールモデルという位置づけではなく、節句飾りの安価な代替品という評価でした。 当時の節句飾りは「カブト一つでも、二千円くらいより」だったそうで、それに比べれば定価250円は確かに経済です。なにしろ大卒初任給が二万四千円くらいの時代の話ですから。また、核家族化が進み、家に代々伝わるものとは別に、各世帯ごとに節句飾りが求められたという時代背景もあるでしょう。 写真はメーカー提供のものではなく自分で組み立てて撮影したようです。なかなかカッコ良い角度で撮ってます。

本文の締め括りには、「国産のプラモデルは、説明図がまことにお粗末で、不親切なのが通り相場で、これもその例に漏れないのが、難といえば難である」と書いてあります。

photo_名将兜シリーズ箱絵
コレがそのキットなわけですが、説明書そんなにお粗末だったっけ。

photo_名将兜シリーズ説明書
なるほど、手順を分けず一枚絵で説明するタイプだったか、こりゃ分かりづらいわ。ひええ、さすが暮しの手帖、的確な批評でございます。

注:「源義経 長鍬形獅子頭の兜」は現在でも童友社にて生産されていますが、中身はリニューアル版で、当時の相原製品とは全くの別物です。説明書も分かり易いものが添付されています。

●謹んで新春のお慶びを申し上げます  2012.1.6

photo_ゴールド和歌山城

本年もご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します。
注:写真は童友社ゴールドコレクション和歌山城の旧版を素組みしたものです。現行品は石垣がメッキされていません。現行品を製作なさる際は石垣を黒鉄色などで塗装すると金色が引き立ちます。

●おまけ シャーマンめんどくさい
photo_ファイアフライコンポジット
ゴチャゴチャしたドイツ戦車に比べればシャーマンごとき楽勝、正月休みの間に作り倒してくれるわ。・・・そんなふうに甘く考えていましたが、まだ終わりません。



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