左様、「城と石垣の専門店」を名乗りながら、別売石垣パーツの開発がサッパリでした。そっちも何とかしないとなあ。
ともあれ、来年もよろしくお願い申し上げます。
二泊三日の貧乏旅行をしてきました。
初日、大分から小倉までは昼間の時間が惜しいので特急で飛ばす。山陽本線は、トンネルだらけの山陽新幹線よりだんぜん面白いので、各駅停車でじっくり味わいます。宮島口で下車、宮島航路のフェリーで厳島神社へ。
名物の大鳥居にご対面。写真右は1975年発売のフジミ名所シリーズを組み立てたもので、鳥居のプロポーションはなかなか良いことが分かります。実物の柱は楠の大木が丸ごと使われておりクネクネしていますが、さすがにそこまでは再現されていません。
宝物館では本物の浅葱綾威大鎧を拝めるかと期待したのですが、残念ながら展示されていませんでした。画像は相原模型のプラモ、箱絵は高荷義之画伯。
二日目は広島から高速バスに乗り、瀬戸内海に浮かぶ大三島へ。大山祇神社の宝物館は規模が大きく、国宝重文級の武具の間をフラフラさまよいながら幸せなひとときを過ごしました。
特に赤絲威胴丸鎧の本物をじっくりと拝観。2005年の大河ドラマ「義経」で滝沢さんが身につけた甲冑の元ネタです。画像は同じく相原模型のプラモ。
相原模型は大鎧3点、当世具足1点、そしてこの赤絲威胴丸鎧の、計5アイテムの甲冑を模型化しました。その殆どは現在でも童友社版を容易に入手できますが、赤絲威胴丸鎧だけは再販がなく、金型からして現存しないものと思われます。
相原時代の遺物も他の鎧に比べて非常に少なく、当時からあまり売れなかったようです。やはり兜がついていないので一般受けしなかったのでしょうか。
写真のようにキットの完成度は実物と比較してもかなり高く、まことに絶版が惜しまれるアイテムです。1967年発売、定価890円。
.なお箱絵の作者は浅学にして不明。
こちらの箱絵も高荷義之画伯の作品。「ワンダーアート タカニスタイル」や「高荷義之 プラモデル・パッケージの世界」のリストにちゃんと載っていました。やはりウロ覚えで書くとダメですね。
三日目、広島から大分まで鈍行で帰ります。クックックッ・・・これぞ18きっぷ、これぞ貧乏旅行よ。
でも、同じ道をただ戻るだけでは芸がないので、途中で可部線、錦川清流線、錦帯橋に寄り道します。
小倉では乗り換えの待ち時間を利用して、まんだらけに寄ってプラモを買ったりとか。もうちょっと時間があればホビーボックスにも行けたのですが。
車のプラモには殆ど興味がないのですが、例外はあります。すなわち、
・鉄砲やミサイルがついている(ドリルも可)
・クラシック
・企画が面白い
したがってコレはアリだな。
こういうのもカコイイと思うんですがねえ。それに比べて近頃の車はみんな同じに見えます。
企画が面白いプラモというのは、例えばこんなの。フジミのカーアクセサリーは1970年発売、定価500円。
情景用のアクセサリーは田宮やフジミなどから出ていますが、こちらはナウなヤングがお部屋の飾りに使うようなキットで、ニチモのドラムスとかに通じるものがあります。
こんなのも面白いですね。アオシマのザ・ホイール。駿河屋通販で販売されており、よい機会なのでフルコンプしました。
箱のデザインは1/600イデプラにちょっと似ています。大きさは300円プラモの定番サイズ。
細かく見てゆくと意外に凝った構成です。ディスク部分がキットごとに異なるのはもちろん、リムのパーツもA〜Dの4種類あります(ボルト穴が異なる)。
また、ホイールのプラモなのに、何故かセンターハブとブレーキディスクまでセットされており、金属ネジでホイールに取り付けることができます。
センターハブのパーツも全キット共通かと思いきや、No.5に付属の物だけはホイールに合わせてボルト穴が5か所となっています(他は4か所)。
キットの名称とリムのタイプをまとめると以下の通り。なんか綺麗に並んだ。
ナンバー | 名称 | リムのタイプ |
1 | リバーサイドR104 | A |
2 | フォーカス スポーク | B |
3 | ハヤシレーシング ボンバー | C |
4 | スピードスター スターフォーミュラメッシュ | D |
5 | エキップエクセル5 | A |
6 | アドバンA3A | B |
7 | サザンウェイグリッドII | C |
8 | ホシノインパル プロメッシュ | D |
リムは美しいメッキが施されており無塗装で行けそうです。赤ランナーにゴールドとブラックをひたすら吹けばすぐ完成しそうなので、そのうち作ろうと思っています。
発売時期は、50年史CD-ROMに該当がなく調査に手こずりましたが、モデルアート1983年2月号p.46の広告に「2月下旬発売予定」とありました。この広告には1/6・1/12オーディオシリーズも掲載されています。
このように当時のアオシマは、既成の概念を超えたユニークなプラモを数多く発売していました。優れたプラモ考古学者であった故・はぬまあん氏は「超絶プラモ道2」で次のように指摘なさっています。
「こういった実験的なノリの模型は、60年代にこそ多かったものなのだが、アオシマはそのノリを、80年代まで持ち続けた稀有な模型メーカーのひとつであった。」
現在でも、痛車や宇宙機など、マニアの世界に留まらない企画力にはますます磨きがかかっているようです。
というわけで、アオシマさんから「人工衛星おおすみ&ラムダロケット」の開発が発表されたのを祝して、ザ・ホイールについて纏めてみました。
●冬だ、鉄だ、18きっぷだ 2011.12.9
そう、いよいよ明日から解禁です。さあ、今回はどこへ行こうかな。復旧なった美祢線か、熊本か、それとも四国か。
大分県というのは旅に出るには意外と足場の良いところで、別府や臼杵からフェリーで八幡浜に上陸すれば、そこはもう四国。JR八幡浜駅から伊予大洲まではわずか18分。朝早く家を出れば、昼過ぎには大洲城を堪能しているという寸法ですよ。
または、八幡浜から一時間弱で宇和島へ行けるので、宇和島城を攻めるという手もあります。さらに、返す刀で予讃線を北上すれば、宇和島から3時間弱で松山です。

写真は松山城、伊予鉄、富士教材、すなわち私的松山三大名所(笑)。富士教材には久しぶりに寄りたいな。あそこの二階は癒される。
いやー、旅はプランニングが一番楽しいとよく言われますが、まったくその通りですね。
東京で勤めていた当時、盆暮れの里帰りは途中下車の絶好のチャンス。ロクに予定も立てず、気ままな寄り道を楽しんだものでした。年の瀬になると思い出します。

このときは新幹線を新大阪で降り、紀勢本線の御坊へ。御坊駅0番線では紀州鉄道の古豪キハ603がお出迎え。この車両も2009年に引退しました。
しかし通行人の服装からみると、これは年末ではなく盆の里帰りですな。

遮断機がなければ路地かと思うような踏切。警報が鳴り、古い気動車が民家の間からニュッと顔を出します。こんな光景も今では見られなくなりました。

遮断機が上がった直後の後追い。

西御坊駅の先には廃止区間の線路が延びていました。やはりレールが残っていると嬉しいですね。
「そこまで足を延ばしたのなら和歌山城の話もしなさい」というご意見はごもっとも。そちらもボチボチまとめつつありますので、しばらくお待ち下さい。
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